死を直視し、さまざまな側面を知り、考え方を変えることで、死の恐怖を克服する道を探れないか。
ゆっくんです、最近は腰の調子がすこぶる良い。暖かくなってきたからだろうか。
今回はこちらの本を紹介したい。
本書は医師であり作家でもある久坂部羊が、「死が怖い」という非常に根源的な不安に対して、医学・哲学・日常感覚の3つを交えながら向き合った一冊です。
本書は「死を克服する」というよりか、「どう死と折り合いをつけるか」を探る本になっています。
ここ数年、寝る前などに自分が死ぬことを想像すると、なんだか恐怖感に襲われることがあった。
なので本書を本屋さんで見つけたときは、思わず手に取り、レジへと持ち運んでいたのだ。
本書の特徴は、「死の恐怖を無理に消そうとしない」点にある。「死は怖くない」と断言するのではなく、著者はむしろ「怖くて当然」と認めている。
著者は医師として多くの死に立ち会ってきた経験から、「人はどのように死ぬのか」「実際の死はどれほど苦しいのか」といった現実的な話を、淡々と語る。その語り口は冷静だが、どこかユーモアもあり、重いテーマにもかかわらず読みやすいのが印象的だ。
死はなぜ怖いのか
個人的に死が怖い一番の理由は「無になるかもしれない」ということだ。
無になるのだから恐怖なんて感じないはずだ、的な記述があるのだが、私は「だから怖いんだよ」とツッコミを入れた。
自分という存在が無になり、消えてなくなってしまうと考えると怖くなるのだ。
大切な家族や友人と会えなくなってしまう、楽しいこともできなくなる。これも理由の一つ。
私は現在43歳で息子も8歳という状況であり、やりたいこともたくさんある。現状に満足していないからこそ死ぬのが嫌だと思うし、まだまだ死ぬわけにはいかないと強く思っている。
ただ著者の経験上、そんな自分の都合などお構いなしに死は突然やってきたりもするらしい。
それでも私はご先祖様や、すでに亡くなった身内の人たちが見守ってくれていると信じている。
なぜかというと、今までに九死に一生を得る体験があるからだ。
医療と死
医者は死に関して、なかなかほんとうのことが言えない。医者たるもの、命を救うのが使命であって、徒やおろそかに死を肯定することなど許せないと、世間が思い込んでいるからだ。
本書には延命治療の悲惨さや、医療の無力さについても書かれている。
とくにALS(筋萎縮性側索硬化症)、脳死についての記述は非常に考えさせられた。
自分や自分の大切な人が同じ状況に置かれたとき、どう判断すればいいのか。とても難しい問題だなと思った。
医療関係の仕事をされている人たちは、一般の人より死が身近にある。
採血でドキドキしてしまう私とはまるで違う感覚だろう。
多くの人を看取っているからこその価値観があるのかもしれない。
死ぬことが怖い人もいれば、死ねないことに怖さを感じる人もいる。
本書を読んでそのようなことにも気づかされました。
よくある死後の世界は存在するのか
私が言っているよくある死後の世界とは、ドラゴンボールに出てくるあの世みたいな世界だ。
死後の世界があるかどうかを、生きているうちに議論するのは、実は意味もなければ必要もない。死ねば答えはすぐにわかることだから。
確かに著者の言う通りだ。
死んだらあの世で歴史上の人物や、著名人に会えるなんてことを想像したりもする。
だがよくよく考えみれば、そんな都合の良いあの世の世界ではないのかもしれない。
本書に書いてあるように、身内との再会の感動は最初だけで、歴史上の人物には相手にされないし、嫌な人にも出会うだろう。
私もあの世の世界を想像するときに、なんだか面白い世界しか思い描いてなかった。
そうやって安心感を得ていたのだと思う。
結局考えてもわからない。死ななきゃ絶対にわからないことだ。
もっと今この瞬間を大切にしなければならない。
この本を読んで
私にとっては価値ある一冊となった。
死は遅かれ早かれ誰でもやってくる。それを受け入れ、今を見つめ直し、限りある時間を大切に過ごす。
死についての本はたくさん出ているが、正直死ななきゃわからないんだから、そんなことを考えることに大切な時間を使ってはいけないと思ってしまった。
もちろん死について専門的に研究している人を否定するつもりはない。
ただ本書を読んで個人的に感じたことだ。
この本は「安心させる本」というより、「現実を静かに見せる本」です。
なので、
- 明るく前向きな“癒し”だけを求めている人
- はっきりした答えや救いを期待している人
こういった人には物足りないかもしれません。
死と「しっかり向き合いたい人」はぜひ読んでみてください。
GOOD LUCK!

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