ゆっくんです。
「何事も挑戦だ」
「成功の反対は失敗ではない。挑戦しないことだ」
「挑戦しない人生など面白味がない」
なんて偉そうに挑戦について語っている自分が笑えてくる。
7歳の息子にも、あたかも自分がいろいろなことに挑戦してきたかのような口調で語っている。
実際のところ僕が「何事にも挑戦」するようになったのはここ数年のこと。
思い返せば中学生になった頃くらいから、自分にはできないと思うことはやらないようになった気がする。
なぜだろうか、、、。
中学1年生のとき、僕は合唱コンクールで指揮者に選ばれた。音符もまともに読めない僕がだ。
理由はよくわからないが、クラスの多数決で僕になった感じ。
クラスメイトに音楽家を目指している男の子がいたので、当日まで必死こいて一緒に練習したのを覚えている。
にもかかわらず当日はさんざんな有り様だった。
これが挑戦しなくなったきっかけかもしれない。
できないことはやるべきじゃないな、、、と。
お次は中学3年生のとき。
ある日担任の先生に「学級委員をやってくれないか」と頼まれた。
「えっ?なんで俺が?」正直他にふさわしい人がいると思っていた。
昔から僕は特定のグループに属さず、誰とでも話す感じではあった。そんな雰囲気から先生は僕に頼んだのかもしれない。
今思えばやってみればよかったなと思う。先生直々に頼まれるなんて結構買われてたよな。
きっといい経験になってたはずだ。
高校3年生のときは後輩に「バンドのヴォーカルをやってくれませんか」と頼まれた。主にL’Arc〜en〜Cielのコピーバンド。
興味はあったが、これも断った。これに関してはやりたいって思ってた。歌は好きでカラオケもよく行ってた。だけど背中を押してくれる何かがなかったのかもしれない。
挑戦すればよかった。
もし本気でやってたら今頃有名人になってたかも。www
その後の人生もいろいろなことを断ってきた。
もちろん挑戦してたこともあったが、うまくいかないとすぐに諦める。
「諦めが肝心」などと都合の良い言い訳をしていたと思う。
そんな僕の考え方が変わったのは、読書が楽しくてたまらなくなった頃から。
読書についてはまた記事にしようと思うのでここでは割愛する。
挑戦してこなかった過去があるから、後悔している自分がいるから、息子にも「挑戦しろ」と言ってしまうのかもしれない。
いまいち伝わらないけど。
ただ僕自身はこの先もいろいろなことに挑戦していくつもりだ。
何もしなければ失敗も損をすることもない。
今に満足していて、変化を求めてないならそれでもいいかもしれない。
ただ、僕は成功したいと思っているし、今よりももっとお金を稼ぎたいと思っている。
まだ可能性はあると信じて、、、。
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